人間として40年、親になって10年以上が経つベテラン大人だが、それでも先のことを読むのは難しい。特に天気と娘の気持ちの読みはだいたい外してきた。
私は基本的に在宅勤務なので会社に行くのは年に1、2回くらいだ。しかしなぜかそういう日に限って電車が止まったり大雨が降ったりと何かしら問題が起こり、気持ちよく出勤させてくれない。
今日はまさにそういう日、今年初の出社日なのだけど、外に出たら土砂降りだった。 晴れる日の多い5月を選び、週間天気予報でチェックもしていたのに、そんなの関係ないとばかりのえらい土砂降りである。昨日は快晴、明日も快晴の予報でなぜ間の今日が土砂降りなのか。雨男への仕打ちだとしてもあからさますぎやしないか。
予定を色々入れてしまっているのでやめるわけにもいかず、しかたなくビショビショになって出社する。傘はさした。さした上でのビショビショだ。 同僚から、なんでよりによってこんな天気の日に来たの?…という顔をされたけど私だってできれば晴れた日に気持ちよく出社したかった。
気分を切り替えて仕事に取り組み、退勤。雨は止んでいる。
帰る前に駅の地下街に寄り道する。家族へのおみやげのスイーツを買うのだ。 年に数回しか出社しないので、出社した時は家族に都会のおみやげを買って帰る。良いおみやげを選べば褒めてもら…喜んでもらえる。
いつも行列ができているアップルパイ専門店が空いていたので、今回のおみやげはアップルパイにする。次女が最近動画でアップルパイを見て食べたいと言っていたので喜んでくれるはずだ。
この店のアップルパイは普通のパイを二つ折りにしたような形で、サイズは一人用のミニサイズになっている。こういうのをアップルターンオーバーというのだろうか。味はプレーンの他にショコラなどいくつか種類がある。
なんとリンゴの代わりにたっぷりクリームが入ったカスタードパイもある。私はクリームが詰まったスイーツに目がないので、このカスタードパイをぜひ食べたい。
我が家では持ち帰ったおみやげを選ぶ順番は決まっている。誰が買ったかは関係ない。娘たち>妻>私…の順である。
つまり私が食べるパイはここでどんなチョイスをするかで決まるということだ。カスタードパイにありつくには、妻と娘二人が選んだ後にカスタードパイが残るようにする必要があるのだ。
天気の読みは失敗したがここの読みは失敗するわけにいかない。
スタンダードなものが好きな次女とチーズ好きな妻にはプレーンと期間限定のクリームチーズ入りのアップルパイを選んでおけば間違いない。 問題は長女がどう動くかである。長女はアップルパイに大して興味を持っていないので、その場の雰囲気で選ぶと思われる。「期間限定がいい!」となったら妻が譲って別のパイを選ぶだろうし…そうなると一気に組み合わせの幅が広がって…。くっ、正解が読めん…。
思い切って4つともカスタードパイにするか? いやしかし自分が食べたいからといってアップルパイ専門店でアップルパイを1つも買わないのは間違っている気がする。家族にも説明できない。
しばらく悩んだ末にプレーン、クリームチーズ、ショコラの3種のアップルパイとカスタードパイを購入することにした。アップルパイ専門店のおみやげなのだ、きっとみんなアップルパイを選びカスタードパイが残るだろう。
帰ったら珍しく長女が出迎えてくれた。 と思ったらパイの入った紙袋を奪うとすぐにリビングへ去っていった。 おみやげが目当てか!だとしても少しは取り繕え!
手を洗ってリビングに入ると私の手を離れたパイたちがテーブルの上に広げられ、妻と娘たちが「ほうほう今回はアップルパイか」と確認している。そこそこ喜んでいる様子。店の選択は間違っていなかったようだ。
それぞれのパイの種類について説明する。アップルパイ専門店なのでアップルパイがオススメである旨をさり気なく伝えるのも忘れない。嘘ではない。
結果、目論見通り次女がプレーン、妻がクリームチーズ、長女がショコラを選択し、残ったカスタードパイが私に回ってきた。ククク…読み勝ったぞ!
3人が早速食べ始める。
次女はアップルパイ好きなだけあって喜んで食べている。心配だった長女も気に入ったようでご機嫌にパクパク食べている。妻はアップルパイがそれほど好きではなかったことを途中で思い出したらしく、「リンゴいらんな…」と台無しな発言をしている。
私も念願のカスタードパイを一口。厚いのに軽いサクサクのパイ生地、そしてそこから溢れ出るカスタードクリーム。最高である。
「やっぱりクリームの詰まったスイーツは最高だねぇ」とおデブ発言をしていたら、隣に座る長女にカスタードパイを皿ごとかっさらわれた。
「私は他の人がおいしそうに食べてるのを見ると奪いたくなるの!」
高飛車お嬢様のようなセリフをハッキリ言った。普通そういうのは思っていても口に出さないものじゃないの?! 自らの欲求に正直すぎる長女は奪ったカスタードパイをかじり、「あ、こっちの方が好きかも」と言ってそのまま食べ始めてしまった。 これは返ってきそうにない。自分のショコラアップルパイを代わりによこす様子もない。ジャイアンだ。うちにジャイアンがいた。将来友達の彼氏を「おいしそう」と言って奪い取ったりしないかパパは心配です。
結局カスタードパイは一口しか食べることができなかった。 途中まではいけそうだったのに残念である。
今回の正解は「4人分パイを買い、さらに自分のパイが奪われることを想定してもう1つ買っておく」だったということだ。これ想定できる人いるの?
明日の天気も娘の気持ちも当分読めるようになる気がしないわ。 2つのパイを平らげてちょっと苦しそうな長女を横目に、妻がパイからよけたリンゴをかじりながらそうしみじみ思った。