ほんじゃーねっと

おっさんがやせたがったり食べたがったりする日常エッセイ

好きなものをキャラクター化してみたら

「はたらく細胞」が実写映画化されるらしい。佐藤健が白血球になって暴れまわるというだけでもう面白そう。

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原作漫画が発売された当時は「細胞の擬人化」という斬新な設定が話題になった。それから10年くらい経った今はあらゆるものが擬人化、キャラクター化される時代である。私が住んでいる市にはご当地ゆるキャラがいるし、近所を走るモノレールは萌えキャラになっている。

現実では極小の白玉団子にしか見えない白血球も、擬人化されて佐藤健になれば途端に面白くなる。作者と佐藤健がすごいだけのような気もするが、この手法を使えば今までエッセイのネタとしては扱いにくかったモノも擬人化・キャラクター化することで扱いやすくなるのではないか。

そう思い至り、ちょうど書きたいネタがあったので私もキャラクターを考えてみた。

名前は「バニラちゃん」だ。

私の大好物、レバニラ炒めの化身である。バニラアイスではない。

レバニラ炒めなら「レバニラちゃん」だろうって?そんなこってりした名前のキャラクターに誰が興味を持つというのだ。名前はキャラクターの第一印象を決める大事な要素。やさしくて甘い感じがする「バニラちゃん」の方が良いに決まっている。 誰ですかタイトル詐欺って言ったのは。

まあ聞いてほしい。 レバニラ炒めについてはずっと書きたいと思っていた。でもどうしても書けなかったのだ。

「レバニラ炒め」という言葉それ自体が何となくこってりしていて脂っこい感じがするでしょう? レバニラ炒めについて語るということはレバニラ炒めという言葉を連発するわけで、それはつまり絶対こってり感強めの内容になってしまうというわけで、結果書いていても読んでいても胃もたれしそうな文章になってしまうわけ。

なるべくおっさん感を薄くして、20代が書いたかのようなさっぱり爽やかなエッセイを書いていきたい私としてはそんな文章を公開するわけにはいかないのだ。

そこにきてバニラちゃんの登場である。 こってりしたレバニラ炒めという概念が、優しくて甘い雰囲気のバニラちゃんというキャラクターへと進化するのだ。 かわいらしげなキャラクターに擬人化してしまえば、レバニラ炒めについてどれほど熱く語っても、なんやかんやでさっぱり爽やかな感じになるはずである。

ということで実際どれくらい爽やかな話になるか試しに書いてみよう。 私とレバニラ炒め、もとい私とバニラちゃんの出会いについての話だ。

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あれは社会人になって3,4年目くらいの頃。 大阪の心斎橋で働いていた私は、通勤がしんどいからという理由で会社から徒歩15分くらいの場所にアパートを借りて一人暮らしを始めた。

心斎橋周辺は昼も夜も多くの人で賑わっており、それを迎え入れる様々な店が軒を連ねている。飲食店が多くて食べるにも飲むにも困らないし、大通りから一筋入れば大人向けのお店で遊ぶこともできる。 新しい店を開拓するのが毎日の仕事終わりの楽しみだった。

そんな開拓中のある日、「ここはまだ入ったことがないな」と目についた店にフラッと入った。

店員に案内されて席につく。 当店はバニラちゃんがイチオシですよ、とおすすめされた。

バニラちゃん。 この界隈でバニラちゃんという子が一部の客層から熱狂的な人気を集めている、という話は聞いたことがあった。実際人気があるようで、今もあちこちのテーブルから注文されているのが聞こえてくる。

かなり好き嫌いが分かれるという噂も聞いていたので悩んだが、おすすめするからにはきっと良い子なのだろう…と思い切ってバニラちゃんを注文することにした。

「…お待たせしました」

現れたバニラちゃんの姿に私は一瞬で魅了された。

透けるように薄い衣。ツヤツヤと光を反射する肌。艷やかなこげ茶色の髪にはエメラルドのように煌めく髪飾り。そして何よりもその身体から発せられる魅惑的な香り。その食べてしまいたくなるような香りが私から冷静な判断力を奪う。

そんなバニラちゃんが「さあ召し上がれ」と言わんばかりに無防備な姿で私の前に横たわり、こちらに手招きしている。

「い、いただきます…!!」

そんな誘惑に抗えるはずもなく、もうどうにもたまらなくなった私は挨拶もそこそこにバニラちゃんにむしゃぶりついたのだった。

無我夢中でバニラちゃんを味わっていたら、あっという間に終わってしまった。もう少しゆっくり楽しみたかったが…とても我慢できるものではなかった。

その1回ですっかりバニラちゃんにハマってしまった私は、それから毎週のように会いに行くようになった。バニラちゃんとのめくるめく時間に酔いしれ、時には一緒に餃子を食べたり、酒を飲んだりして楽しんだ。

そうして飽きることもなく通い続け、気づけば初めて会った日から数ヶ月が経っていた。

当時私はまだ結婚はしていなかったが今の妻とお付き合いしていた。バニラちゃんのところに通っている事はもちろん内緒である。妻がそんなことを許すはずがないし、バニラちゃんは妻が苦手とするタイプだ。

妻とはまだ一緒に住んでおらず、会うのはいつも週末。バニラちゃんに会いに行くのは平日の夜なのでばれることはない。 そう思って安心していたのだが…。

ある週末。 待ち合わせ場所に現れた妻が私の前でピタッと立ち止まった。いつもよりも少し遠い距離。スンッと笑顔が消え、探るような目でこちらを見ている。…イヤな予感がする。

「…ど、どした?」

落ち着け…まだ焦る時間じゃない。動揺を見せるな!

妻が言い放つ。

「また太ってる…!!さてはなんか太るもん食ってんな?!」

ぎゃあ!見た目でばれた!

バニラちゃんの店は「お手頃価格でボリュームたっぷり」が売りの中華料理店。そんなお店で毎週のようにバニラちゃんと一緒に餃子やらビールやらを飲み食いしていたら…。みるみるうちに体重が増えていったのだ。

健康診断で先生が「うん肥満ですね」とためらうことなく宣告してくるくらいの太りっぷりである。社会人になりたての頃の私は普通よりちょっと痩せているくらいだったのだから、激太りである。そりゃ妻も気づくわという話である。

ごまかしようのない証拠をつきつけられ、妻に問い詰められた私はバニラちゃんのことを白状するしかなかった。

その結果当然ながら店に通うことを禁止され、体重が戻るまでダイエットに励むことを約束することになるのだった。

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書いてみたら「中華料理店でレバニラ炒めを食べすぎたら太っちゃった話」が「いかがわしい店で一目惚れした子にハマったら妻にばれちゃった話」みたいになった。

これがキャラクター化の効果か…!!

それは良いけどまったく爽やかな話になっていない。いかがわしい話なんておっさんの大好物ではないか。書いてて楽しかったわ。 もしかしてレバニラ炒めかバニラちゃんかという話ではなく、書き手がおっさんである時点で既に手遅れだったのか。

ところで私自身は当然ながらこれがレバニラ炒めの話だと分かっていたはずなのだけど、書いているうちにだんだんバニラちゃんの存在に慣れ、書き終わる頃には自分が本当にいかがわしいことをしていたかのような気持ちになっていた。罪悪感が甚だしい。 妻の教育の賜物なのか、それとも私の心根の素直さ故なのか。きっと後者だがとにかく妻に謝らなければ!という気持ちがフツフツと湧いてくるのだ。

しかし仮に私が「バニラちゃんの件はすまんかった」と謝ったとして、妻からしてみれば「…なんのはなしですか?」となるのは間違いないわけで…さてこの気持ちは一体どこに持っていけばよいのか。