ある日の夕食がそろそろ終わろうという時間、私はちょっとした危機に瀕していた。 思い出し笑いに襲われたのだ。
少し前に読んで笑ったエッセイの内容を思い出してしまい、笑いがこみ上げてきて吹き出しそうになった。どうにかギリギリのところでこらえ、ニヤけた顔を家族に見られないようにしながら「ンンッ」と咳払いでごまかした。
ちょうど食事が終わって皿を下げにキッチンに向かうところだったから良かったものの、もし娘たちの目の前で急にニヤニヤしたりしたら「パパのキモいところ」リストにまた1つエピソードを追加されてしまうところだった。
ここでその原因となるエッセイがどれほど面白い内容だったのかを披露して思い出し笑いの輪を広げたいところなのだが、残念ながら何を思い出して笑ったのやら今となってはさっぱり思い出せない。 noteで読んだものだったのは確かなのだけど。noteのエッセイはたまに真面目なふりをして笑わせてくるものがあるので油断できない。
キッチンで冷蔵庫を確認する振りをしつつ笑いの発作が収まるのを待ちながら、この思い出し笑いがそのエッセイ作者の意図的な攻撃である可能性に思い至る。
その作者は読めば確実に思い出し笑いをしてしまうような爆笑必至のエッセイを書き、それを何食わぬ顔、いや何食わぬタイトルで公開したのだ。
私はそんな何食わぬタイトルに誘い込まれてエッセイを読み、大笑いし、ああ面白い話だったとスキをつけて立ち去る。その時点で私の頭の中にはいつ爆発するともしれぬ笑いの爆弾が仕掛けられている。
その爆弾は電車でまわりを人に囲まれていようが、目の前で上司が説教していようが、ところかまわず狙ったかのようなタイミングで爆発する。
突如頭の中でフラッシュバックする秀逸なオチ。 笑いの発作が起こってブフッと吹き出しそうになるが、ここで笑ったら尊厳やら評価やら大事なものを失ってしまう。私は肩を震わせ、口を固く閉じて必死で笑いをこらえるしかない。
作者はそんな危険があることを知りながら公開したのである。 恐ろしい無差別攻撃だ。
きっと私以外にも同じエッセイを読み、もっとひどい…笑うことが許されない場面で笑いの発作が起きる人もいるだろう。彼らが思い出し笑いの発作に何とか耐えきれることを祈る。
人には特に吹き出しやすい状況、吹き出した時の被害が大きくなりやすい状況というのがある。そんな時に今日のような思い出し笑いに襲われたらひとたまりもない。どれとは言わないが私の実体験も交えて、注意が必要な状況を確認しておこう。
たとえばカフェでアイスコーヒーを飲んでいる時。 冷たい飲み物をストローで飲んでいる時が危ない。
いざ飲もうという時に笑いの発作に襲われたとしよう。ストローでコーヒーを吸い上げるため、通常よりも多めの空気を取り込んでしまっている。その空気が一気に口から吹き出ようとする。口を閉じて吹き出すのを回避しようとするも、ストローという細い出口があるせいで密閉できず止められない。大量の空気が細いストローを通ってさらに加速して出ていく。 その結果ブフォッとグラスの中のアイスコーヒーが噴水のように吹き上げられ、目の前にある私の顔面にビシャッと直撃する。
笑いの発作から1秒足らずで顔とメガネからコーヒーをポタポタと滴らせながら呆然とする私が完成である。
そして隣の席ではこの悲劇の一部始終を目撃し、顔をビシャビシャにした私と目を合わせてしまったサラリーマンが笑いの発作に襲われて自分もコーヒーを吹き出すという二次災害が発生している。
飲み物に限らず、口に物が入っている時は吹き出してしまいがちなので要注意だ。家族との食事中に吹き出せば食卓の上を自分の噴射物まみれにしてとんでもない形相で睨まれることになる。即「パパのキモいところ」リストの上位にランクインである。
回避策はただ一つ。来た!と思ったらすぐに下を向くのだ。自分の服はびしょびしょになるが、ビショビショの顔を見られたり家族の夕飯を台無しにするよりはマシだ。練習しておこう。
共用トイレで小用を足している時も注意が必要だ。
通常笑いの発作というのは口から吹き出すものなのだけど、小用を足している時はどういうわけかお尻が緩み、そちらからも吹き出すようになる。 つまりオナラが出る。
小用を足している時に思い出し笑いの発作に襲われたとしよう。 公共のトイレで吹き出すわけにもいかない。私はぐっと口を固く閉ざし、腹に力を込めて吹き出すのを食い止める。しかしその時私の尻の方は小用中のため緩んでいる。腹に力を込めたせいで緩んた尻からオナラがプッと出る。
私は大人なのでオナラ程度では笑ったりしない。しかしギリギリのところで笑いを食い止めている場合はそんなオナラ一発が致命傷になることもある。
オナラのダメージでちょっと吹き出してしまい、慌てて腹に力を入れて食い止める。しかし腹に力を入れたせいでまたオナラが出る。ヒッヒッと笑いが漏れ、ブッブッとオナラが漏れる。その状況がまたおかしくなってヒッヒッ、ブッブッ。笑いが止まらなくなり、おならも止まらなくなる。 この下品な二重奏が小用が終わるまで続く。
これが自分一人なら、おバカな時間を過ごしちゃったぜ、とニヤニヤするだけで済むのだが、問題は他にもトイレに人がいる場合である。 その場合はまあどうなるかというとアイスコーヒーの時と同じで笑いが伝染し、ついでにオナラも伝染していく。
トイレで隣の人が急にヒッヒッブッブッを繰り返し始めたところを想像してみてほしい。こちらの腹筋も瞬間崩壊である。 そしてトイレにいるからにはこちらも当然小用中なので、口から吹き出せばオナラも吹き出す。ヒッヒッブッブッの演奏が始まってしまう。 やがてそれはトイレにいる全員に伝染し、笑いとオナラの大合奏となる。さらにそこに個室組の演奏も加われば…これ以上は下品すぎるのでやめておこう。
文面にすると地獄のようだが、演奏中はみんな笑顔なので案外平和な光景である。ただし演奏が終わって顔を見合わせた瞬間、やっぱり地獄のような空気になるので、すぐにトイレから出て忘れよう。
これに関しては回避策は思いつかない。とにかく忘れるしかない。
といった感じで思い出し笑いというのは大変危険なものであり、悲劇を生むものなのだ。そしてnoteやXにはこのような思い出し笑いを仕掛けてやろうと面白ネタをばらまいている者たちがいる。もはや呪いやテロの類として扱っても良いと思う。
しかし私も趣味とは言えこうして文章を書いている身、そしてエッセイは笑えてなんぼだと考えている身である。こんな「思い出したら笑いが止まらなくなるようなエッセイ」を書くことへの憧れはある。
「クスッと笑えました」と言われるのも嬉しいが、「電車で読んでたら吹き出しそうになり、読むのをやめたのに結局思い出して吹き出してしまった。どうしてくれるのか」とか「彼氏(彼女)の顔を見るとなぜかこの話を思い出してニヤニヤしてしまい、気味悪がられている。どう責任をとるおつもりか」とか怒られて嬉しがりながら困りたい。
なんてことを考えながら冷蔵庫の前でニヤついていたらいつの間にか娘たちがすぐ近くでこちらを見ていた。「冷蔵庫好きすぎキモ…」と言わんばかりの表情である。冷蔵庫を愛でてニヤついていたわけではないのだけど、説明しようにも考えていたことのどの部分を切り取ってもさらにキモがられそうでうまい言い訳が思いつかない。